ブラウン•ジミー

物語

音楽で癒しを届けたい

ジミー・ブラウンはフランス生れの音楽家です。フランス・キューバなどにて打楽器の研究を始めました。ジャズドラム・パーカッション・ハンドパン等を演奏しています。中村けいこやスティーブ・シェーハンの元で音楽活動を行いました。

ハンドパンジャパンが生まれた経緯には個人的な背景があります。 私は7歳の時に自動車事故で重傷を負い、数日間意識不明の状態でした。また11歳の時には白血病にかかりました。このような試練があったからこそ健康に与える音楽の効果についてより敏感に興味を持つきっかけとなりました。

自閉症の様な精神的、行動的な障害を抱える子供たちに音楽は特に高い効果があると今日では評価されています。また同様に未熟児や植物状態の患者、高齢者にとっても特に有益な効果があります。音楽療法はアルツハイマーの患者や孤独、鬱に悩む人とのコミュニケーションを可能にする新しい手段の一つとなっています。

「Startup Club Members Fukuoka ID1871」

ブラウン• ジミー

業務執行社員, 合同会社ハンドパンジャパン

ブラウン • ジミー

Musician & Business Manager • 業務執行社員

ハンドパンジャパンが生まれた経緯には個人的な背景があります。 私は7歳の時に自動車事故で重傷を負い、数日間意識不明の状態でした。また11歳の時には白血病にかかりました。このような試練があったからこそ健康に与える音楽の効果についてより敏感に興味を持つきっかけとなりました。

11歳の時ストラスブール(フランスのアルザス地方)の病院に行った時、私は医者に次のように言われました。「ジミー、あなたがなぜ白血病になってしまったのか私たちには分かりません。しかし私たちはあなたを治したいと願っています。ただしいつ再発してもおかしくはありません。人生を精一杯生きなさい。」

私は長い間ショックに打ちひしがれていましたが、人生で受け取った一番大きな贈り物だと後に理解するようになりました。私はスポーツを楽しみ、自然の中を歩き、家族とともに時間を分かち合い、一日一日を大切に過ごしました。祖母は料理と園芸を教えてくれました。

私の人生に対する見方は根本から変わりました。私はあらゆる不安や固定観念を払拭し今この瞬間を生きると決心しました。私の夢を追求するために、この冒険に満ちた人生を生き、一日一日が最後の日になるかもしれないと、精一杯生きると決心しました。

私は6年間毎日薬と化学療法を受けました。私はその日その日を生きました。朝の薬を飲む時に「もし今日が最後の日になるなら、自分は何をすべきか?」と自分に問いかけていました。なんとしても生きたいと強烈に願っていました。

いずれの経験も人生がくれた贈り物かもしれません。その日が最後の日になってしまうかもしれませんでしたので色々な経験をできるだけ速くする必要がありました。 私は毎日次のような質問を自分に課しました。「時間を可能な限り有効に活用するにはどうしたらよいだろうか?」世界は私にとってプレイフィールドとなり、私はスポンジのように吸収しました。

音楽は私の病を治す強力な要因でした。音楽のおかげで私はリラックスすることができ、癌による精神的な苦痛から救ってくれました。後に私は別の病院の患者とこの経験を共有することになりました。音楽は私の周りのたくさんの人間をリラックスさせ 、病気の人や高齢者が笑顔やポジティブな気持ちを取り戻すことができました。